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高齢者を尊厳ある生活が送れるようにする、の意味。

投稿者いわのり 投稿日:2003/03/11(Tue) 23:28

実習生の 実習目標に、
『高齢期を尊厳のある生活が送れるように支援する』とありましたが、この文章表現はよいと思われますか?また、この表現は使われますでしょうか・・? よく、『尊厳』という単語に遭遇しますが、みなさまはどのように解釈されますか。ご指導よろしくお願いします。

Re: 高齢者を尊厳ある生活が送れるようにする、の意味

Boo - 2003/03/12(Wed) 07:51

そもそも「尊厳ある生活」ってなんでしょうね。
私は施設に勤務していますが、そういった表現をやたら使いたがるところほど、利用者さんの「尊厳」は守られていませんね。施設においては、守られていないからこそ、「尊厳」とか「尊重」とかが度々登場するんじゃないかってくらい思っています。下のスレッドにもありますけど、言葉づかいひとつとっても、本当に基本的なことだと思うけど、それが施設の中で乱れている現実に、実習生は混乱するし、実習当日にいきなり入浴介助やおむつ交換だのを、実習させる施設もたくさんあると聞きます。
利用者さんの職員が守るべき権利を、施設の職員は考えなければならないと思います。実習生にしても、テキストの中で教えられてきた内容と施設の現実を前にして、現場の職員から「学校と施設は違うのよ」と指導されれば、「仕方がない」と思い、卒業し仕事に就いても同じように考えるようになりませんか。「理想と現実は違う」と・・・
施設の中の利用者の権利、それは在宅で暮らす人となんら変わりがないはずなのに、施設に入ると「仕方がない」の一言で済まされてしまう。そういえば、施設職員は、よく時間がない、人がいない、設備がない、と言い訳にするけど、知識がないとか、技術がないとかは言いませんね。
少々、乱暴でしたが「尊厳」とは「権利」と類似しているように思っています。私自身は、尊厳ある生活を送りたいわけじゃないし、ただ普通に生活したいと考えていますが・・・
いわのりさん、どうでしょう。
「普通の生活」ではまずいですか。言葉の響きとして、やっぱり尊厳の方がいいでしょうかね。

Re: 高齢者を尊厳ある生活が送れるようにする、の意味

masa - 2003/03/12(Wed) 08:42

尊厳とは何か、という事自体が難しい問題なのですが、例えばそれは、「崇高なるもの・大いなるものとの一体化で得られる自尊心」あるいは「社会関係の中での自由な試行錯誤の積み重ねで得られる自尊心」このような捉え方もあると思いますが、尊厳そのものは意識する事は大切であると思います。
しかし、実習の目標としてのそれは、第1義的に介護者が目指す目標なのか、というと首を傾げてしまいます。まずそれよりBooさんがおしゃっていること、施設に入っても、常識が世間一般とは違ってはダメなんだ、「施設の常識が世間の非常識」ということはおかしいんだ、という当たり前の感覚を介護者がもって、利用者の皆さんに「当たり前の生活」を送っていただけるように様々な環境を整える事なんじゃあないでしょうか。
「わたしはいつも尊厳ある生活をおくることを生活身上にしています」という方は果たしているんでしょうか?
>『高齢期を尊厳のある生活が送れるように支援する』
この考えの背景に、施設というところは、福祉現場という所は特殊な所で、援助者は専門知識で専門的援助をしないとならない、という余りにも固定観念がないでしょうか?だって我々は専門職で、それなりの援助の専門性は、いろいろな場面、ケースで発揮するのではあるけれど、その前に我々が援助する<生活>というのは、もっとも非専門領域で個別領域である、ということを前提にする事が大事だと思うんです。(わかりづらくなりましたかね。申し訳ない)

Re: 高齢者を尊厳ある生活が送れるようにする、の意味

如庵 - 2003/03/12(Wed) 18:49

>我々が援助する<生活>というのは、もっとも非専門領域で個別領域である

 masaさんに拍手。実際、こういう意見を述べる方が少ないんですよ。
 社会福祉士会でも、みんな特化した専門性の穴を掘ることばかり考えていて、「非専門領域である人間生活の諸相にわたって援助するのがソーシャルワークの専門性でしょ?」と言っても、なかなか耳を傾けてくれませんからね。
 でもそういう環境で学ばせられる実習生はある意味で不運です。自分自身を利用者の立場に置いてみると、そのあたりの課題が見えてくると思うのですが・・・。福祉職のスキルというものは特化した専門性とは質が異なるように感じられます。

Re: 高齢者を尊厳ある生活が送れるようにする、の意味

いわのり - 2003/03/12(Wed) 23:03

ご意見ありがとうございました。『尊厳』という語句はなかなか難しいですね。でも、今回でおよそ理解できたと思います。
masaさん・如庵さんの言われる、
我々が援助する生活というのは、もっとも非専門領域で個別領域である・・・というのは少し難しく理解ができません。同じ社士で大先輩であり、いつも勉強させて頂いております。できましたら、もう少し、頭の固い僕に上記の件 よろしくお願いします。

Re: 高齢者を尊厳ある生活が送れるようにする、の意味

Mr.M - 2003/03/13(Thu) 10:27

>実習生の 実習目標に、『高齢期を尊厳のある生活が送れるように支援する』とありました

この実習生は、ちょっと「背伸び(かっこつけ?)」をしたかったのではないでしょうか?もしくは学校からの指導かもしれません。
当方でもこのような難解な目標を書いてくる実習生はいます。その時は「2週間や3週間そこらで達成できる目標ですか?」と問います。
「出来る事からはじめなきゃ〜、評価も全然違ってくるよ。良いもの持ってても、これだけ高い目標じゃ、評価する目も厳しくなるしね〜」なんて言って一緒に目標を考え直します。高下駄を履いてると怪我しちゃいますモンね。

Re: 高齢者を尊厳ある生活が送れるようにする、の意味

がらこ - 2003/03/13(Thu) 12:02

我々が援助する<生活>は最も非専門領域で個別領域である。

というのには目から鱗が2,3枚落ちました。でも、専門性の薄い私の解釈では「生活というのは誰もが送っているもので、各個人が生活をしていく上でいちいち専門的な知識は必要ない。が、一人ひとりの生活の仕方は人それぞれである。我々が援助するときにはそのことに気をつけて個々のケースを援助すべきだ。それが専門性なのだ。逆説的だが…。」この解釈はあたってます?全然違う意味ですか?もしかして違う意味だったら落ちた鱗を拾わなければ。masaさんか如庵さん、教えてください。

Re: 高齢者を尊厳ある生活が送れるようにする、の意味

masa - 2003/03/13(Thu) 12:59

>各個人が生活をしていく上でいちいち専門的な知識は必要ない。が、一人ひとりの生活の仕方は人それぞれである。我々が援助するときにはそのことに気をつけて個々のケースを援助すべきだ

そのとうりと思います。ですから価値観はそれぞれだし、方法論も答えもひとつでないし、Aさんにとって通じた方法がBさんに同じように通じるとは限らない。これが面白いところです。生きるって素敵ですね。「明るい老後」を強調するあまり、ネアカな高齢者は良くて、ネクラな方は問題老人、そんなことじゃあないんですネ。世の中には、怒りっぽい人もいれば、温厚な人もいる、明るい人もいれば、暗い人もいる、それぞれがどういうふうに生きるかっていうことは単純な問題ではないんです。それぞれの生きてきた「生活史」とか「人間関係」とかが複雑にからんでくる。これが大切なんです。
それと専門性が何もいらないという意味じゃあなく、その前に生活の場での方法論というのがあって、最後の手段として専門的方法が使えるというのが大事なんだと思います。生活の場での方法論のバリエーションが豊富なほど、専門的方法は少なくてすむんではないかって思うんです。在宅の家族の方が「私の父は機嫌悪くなると便秘してることが多いのよ、そのときはビールを一杯飲ませてあげるとでるんです」とか「うちのばあちゃんは、水分が少なくなると動かなくなるの。でも水はきらいで、カルピスだと喜んで飲むの」なんていうのはまさに生活の場での方法論ですね。便秘したら浣腸や下剤、脱水で体調悪くなったら点滴、こういうのは必要ないわけですよ。
脳卒中で片麻痺がある、専門的なリハビリしないと寝たきりになる、これも違いますね。障害があるからといって普通の生活から遠ざかった生活をしているから寝たきりになっていくんです。これが生活障害ですね。何か三好 春樹さんのようなことを行ってしまいましたが、言葉で書くのは難しいですね。もっといっぱいいいたいことはあるんだけど、これから新認定調査の説明会に行ってきますので、この辺で失礼します。

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