HOME / BBS
特別養護老人ホームにおける医療ニーズの高い高齢者の受入れへの取り組みと課題
施設長 菊地 雅洋
1.
はじめに〜高まる施設利用者の医療ニーズ
特別養護老人ホームは「生活の場」をスローガンに、介護を中心とした生活ケアを提供する施設として存在してきた。そこにおける医師配置は嘱託医師でよく、常駐する必要もない。また看護師の配置基準も100人の利用者に対し、わずか3名で夜勤配置義務もない。
これは介護保険制度が創設され、介護療養型医療施設、老人保健施設、特養が介護保険3施設とし位置付けされ、利用者対直接処遇職員の配置比率が3:1に基準が置かれた今日においても、特養の医師、看護師の配置基準自体に何も変化はないのである。
そういう意味において特養は、介護の現場ではあるが、常時医療を必要とする方々に対して、あるいは医療ニーズの高い方々に対し対応すべき基礎的構造を持っていない施設であると言って過言ではない。
しかし今日における医療技術と機器の発達は医療器具をつけたまま在宅生活を送る高齢者を多く生み出し、それらの状況は特養入所希望者にも影響を及ぼし、加えて特養利用者自体の在所期間の長期化は当然のことながら利用者の高齢化をもたらし、それは施設内に複数の疾病を持つ利用者が増えることを意味し、結果的に老弱による新たな医療ニーズを増大させる大きな要因となっているのである。さらに昨年7月の厚生労働省令改正によって施行された優先度を勘案した特養入所の新ルールは要介護度の高い高齢者の特養入所が促進される結果を生みだし、それは同時に潜在的医療依存度の高い高齢者が施設内に増えていることも意味している。しかし一方では介護保険施設は3施設あり、特養は「生活施設」老健は「リハビリ機能を持つ中間施設」療養型こそ「医療ニーズの高い方の療養施設」であり、医療ニーズが高くなれば療養型への転院を促進する必要があるのではないか、という疑問が当然出てこようが、この3施設の機能分化による「棲み分け」は実際の現場では明確な形で進んでおらず、各施設間の利用者属性によるスムースな移動は現実的には空き部屋が常時ない現況において不可能であるという現実がある。
つまり特養は「生活ケア」が中心である施設ということに何ら変化はなくとも、また外部から医療依存度の高い高齢者を積極的に受け入れるかどうかに関わらず、現代社会における特養の置かれた状況の結果として医療依存度の高い高齢者が施設に増えてくることは必然なのである。
2.
当施設における体制整備とその経緯
さてそんな中、当施設の医療ニーズへの対応も利用者の状況変化に合わせて整備、変更を行いながら今日に至っている。1988年に50床の単独施設として開設した当施設は1999年に100床に増床するとともにショートスティ専用ベッド12床、通所介護、居宅介護支援事業所を併設する施設となった。施設内の医療体制については、当法人理事長が病院経営者であることから当初より協力病院としての支援があり、そこからの医師派遣は比較的容易で連携もとりやすい体制にあった。当初2名の嘱託医師と個人契約で週3回の定期回診日を設けていたが、前述したような状況変化や増床による利用者数の増大から開設当初の体制では限界を生ずるようになり、加えて、老人性の皮膚疾患や歯科治療への受診需要が高まるにつれ外部医療機関への受診者が増大し、それは職員体制へも影響するようになってきた。このため99年に嘱託医師の派遣のあり方を見直し、医師との個人契約から協力病院自体との医師派遣契約という形に変更し、これにより複数の医師が平日は、ほぼ毎日施設で利用者を診察できる体制が出来上がった。また嘱託医師が決まっていた当時は緊急時にも嘱託医師がつかまらない場合等他の医師が代わって即応できるという状況ではなく、そこにはかなりのタイムラグを生ずる危険性があったが、嘱託医師が固定されないことで同病院より定期以外にも必要時に、よりスムースに医師が施設に駆けつけることができるような効果が生じた。また同時に内科医師、精神科医師の派遣に加え、皮膚科医師と歯科医師を派遣契約に加えることによって施設内での皮膚疾患や歯科治療の対応が可能となり外部への受診による職員勤務に及ぼす影響が大幅に軽減された。これは外部受診することで看護師または介護職員が必ず1名以上、時には半日以上にわたる付き添いが必要であり、それは施設内の看護・介護体制に影響を及ぼさざるを得ず、通院で欠けた人員配置の影響は様々な施設内サービスの提供体制に支障を生じさせていたわけで、適切な介護の人的配置を確保するという面では、外部通院回数が減り通院に付き添う職員負担が大幅に減ったことは施設全体の処遇体制に大きくメリットがあった。
しかしそれらの体制整備は問題解決の一部でしかない。なぜなら特養における医療ニーズの高い利用者への対応を考えるとき、そこでどのような看護の体制があるかが重要になってくるからであり、さらにその問題の本質部分に「医療行為」を行えるのは医師の指示の元に看護職のみに認められ、介護職には許されていないという要因を無視しては考えられないという問題もあるからである。
当施設は100人定員で介護職員は38名であるが、看護師は基準どおりの3名であった。つまり3名の看護師で100名の利用者の医療行為を担っていたわけであるが、それは夜勤はおろか日中でさえも看護師が配置できない日ができるということであり、その際は緊急呼び出しや当番制による常態化した休日勤務という対応をせざるを得ない状況にあった。しかし医療ニーズの高い利用者の増加はこうした体制での対応に限界を生じさせ、様々な困難ケースを生み出した。このため看護師が日中は常に配置できる体制を造るため看護師を5名に増員し、土日祝祭日に関係なく最低1名は看護師が日中配置される体制に改善を行い、必要最低限ではあるが看護処置の提供体制を整えた。これによって少なくとも日勤時間帯は必ず看護師がいることとなり看護処置がその時間帯においては常時提供できるのに加え、祝祭日の緊急時も看護師が常時いることで医療対応についての専門的判断と適切な医師への連絡ができ、看護師が不在で介護職員から看護師そして医師へという連絡体制で生じたタイムラグが解消された。さらに日中は看護師が常駐するという体制は、他の職種のみならず、利用者本人や家族の安心感にも繋がるという心理的効果も生み出している。
このように夜間の体制は看護師の緊急呼び出しで対応せざるを得ないという問題が残るものの、医療ニーズの高い利用者への医療、看護体制としては現行の特養の置かれた状況の中でできる限りの体制を整えることができた。
3.施設における具体的医療ニーズとは何か
さてここで施設における医療ニーズの増加とは具体的にどのような状況を指すのかを考えてみたい。
例えば医療機関で対応すべき体調の急激な変化でなくとも、枯れゆくように徐々に衰えていく高齢者の方々がいる。そうした場合、食事摂取機能、嚥下能力にも徐々に衰えが進行し栄養士を中心とした職員の経口摂取の努力にもかかわらず最終的には経管栄養に頼らざるを得ないケースが在所期間の長期化とともに増加する傾向にある。このような場合、経管栄養であるという理由だけで受け入れてくれる医療機関はまずないであろう。
また近年見られるインフルエンザの集団感染等、時期的疾病の流行は、その都度多くの高齢罹患者を出し、特養においてそれらの方々全てが医療機関に一時的でも入院するというのは現実的でなく、実際は多くの治療を要する高齢者が施設内で点滴等の医療対応を受けているのである。
さらに特養が「生活の場」であるという主題の一方には終生施設としての使命を背負っていることをも意味している。「最後まで安心して生活できる場」であることが特養の重要な社会的使命といえるのである。そうすると当然ターミナルケアがその延長線上にあるということであり、それができてこそ真の意味で国民ニーズに応えられる特養としての役割をもつことになるのである。
このように経管栄養を必要とする利用者の増加と流行性疾患の対応、ターミナルケアの必要性は、設定されるであろう様々な場面と状況においてケアニーズの増加のみならず医療対応が増え、看護処置が必要となってくることを意味しているのである。
4.職員の意思形成と教育の視点
さて当施設では職員配置的には最低限であるが体制を整備してきたが、当然これのみでは不十分で、医療ニーズの高い方々の対応を行うにあたっては看護師のみならず相談援助職、介護職をも含めた受入へのコンセンサスの形成、知識・技術の取得機会の確保が重要な要素となる。その為には外部や内部の研修機会を作ることも重要だが、取得された知識や情報が施設内の全ての職員に共有されることがより重要である。特に看護師が持つ医療の専門知識や外部からの情報を介護職等へ伝達する施設内の体制がないと、これらの知識や情報は現場で何の意味も持たない事になってしまう。看護師が持つ知識や情報が正しく伝えられ介護職員も共通認識をもつことによって施設内で看護と介護の間に共通言語を持つことができ、看護と介護の対応にタイムラグがなくスムースな協力が可能になると思える。もちろん介護職員が医療行為を行うことは出来ないが、例えば褥創の形成の段階等を正確な知識として持っていれば早期発見や早期対応に繋がるであろうし、同じ目的意識を持つことでそれぞれの持ち場で適切な対応が可能となるであろう。
当施設ではこの知識、情報取得と伝達の方法を作るにあたって相談室が中核的な役割を担い、必要な情報収集、伝達機会の設定、委員会の構築、資料の作成を行ってきた。情報については研修会の報告のまとめの他、インターネットからの情報取得、特に施設ホームページの掲示板ではリアルタイムに問題提起と議論を行い多くの知識を得る機会を得た。具体的には相談室が各職種の研修計画を作成し、研修結果報告の内容や、その時々に必要となる知識や情報をインターネットをはじめとした様々な情報媒体から取り出し、まとめ、それらの情報の伝達機会の場を、会議その他の委員会で設定し、看護と介護の共通言語の形成をコンセプトに話し合いを行いながら、各職種連携と共通理解形成のマネジメントを行ってきた。
その中で緊急時の連絡体制、感染予防、事故対応、身体拘束防止等の各種マニュアル作りを行い、結果として施設内のコンセンサス形成に重要な役割を果たしてきた。そして必要な方法がマニュアル化されることで基礎的な共通理解と対応が図られる結果が得られた。一例として感染予防委員会を挙げれば、施設内の職員だけではどうしても知識や情報に限界があることから、協力病院内の感染対策委員会に当施設から委員を派遣し参加する形をとり、医師・検査技師・薬剤師や老人保健施設の担当者等とともに議事を重ね、その中でインフルエンザの予防、高齢者に有効とされる肺炎球菌ワクチンの予防接種の推進等、様々な情報・知識が施設内にフィールドバックされ対応されてきた。そして施設内だけでは得られないそれらの情報が看護、介護職員を問わず全職員にもたらされることにより協力病院との連携の体制にも効果をあげた。
5.施設の対応の限界と課題
このように当施設では医療ニーズの高い方の受け入れの体制を整備・変更してきたが、しかしそのキャパシティは無限ではなく、むしろ適切な対応人数を医療とのマッチングの視点で常に考慮していなければ十分な対応ができないことも事実である。施設が基準を超えた看護師の配置努力をどんなに行おうともそれには自ずと限界があり夜間は緊急呼び出しの対応しかできないであろうし医療機関のように常に複数の看護師で対応できる体制にもならない。こうした状況は介護保険3施設の機能分化が進み、棲み分けが出来ることで解決出来る問題であるのだろうか。利用者の状態像の変化に即応する棲み分けは現実には介護保険施設のベッドが常に足りないという状況において不可能である。そうすると特養における医療ニーズの高い高齢者の比率は今後も増えると予想される。そんな中、介護保険制度の改正論議の中では特養解体論と小規模単位型施設(新型特養)へのシフトへ重点を置く考えの中で、特養の設備基準から医務室を削除しようという論議がある。しかしこれはターミナルケアの必要性も含めた現実の利用者ニーズとは合致していない誤った政策誘導である。むしろ報酬改正論議の中で、単に施設報酬を下げる論議でなく、医療ニーズやターミナルケアに対応した職員配置基準を論議し、特養の利用者対直接処遇職員比率の2:1の報酬設定や、看護職員の配置基準の見直しを同時に進めて超高齢社会における医療ニーズの増大の必然性に対応できる視点が重要であろう。
6.終わりに〜医療行為に関連しての課題
最後にどうしても触れておかねばならない重要な問題がある。それは「医療行為」に関しての問題である。医療行為は有資格者以外がそれを生業として行うことは出来ない。しかし同時に医療行為そのものの具体的内容を明示したものが存在しないのも事実である。それゆえ介護の現場では介護職が行ってよい行為であるのか判断がつかず、混乱し、看護職と介護職の対立にまで発展するケースも少なくない。湿布や軟膏塗布、点眼はどうかから始まり、爪切りや耳掃除まで議論の俎上に上っているのが現実なのである。こんなことで本当の意味で介護職が適切なケアサービスを行えるのだろうか。一方では在宅において医療器具を装着して生活しているたくさんの高齢者がおり、これらの方々の実際の生活を支えているのは家族の介護があってである。家族の行う医療行為は、生業とならないことで認められるのである。それらの方々が特養に入所した途端、家族が行っていた同じ行為が介護職に許されないのが現実なのである。先頃条件付で認められたALSの方々の痰の吸引の例も然り、厚生労働省の分化会で一定条件下において認められたヘルパー等介護職の痰の吸引も介護業務として認められたわけではなく「当面やむを得ない措置」であり施設介護では認められていない。つまり今後も24時間、痰の吸引を必要とするALS患者の方々は在宅生活は可能でも看護職員が常駐していない特養での受入は不可能という矛盾した状態が継続するのである。同じようにインシュリンの自己注射が出来ない方に対しては同居家族が代わって行えるが、介護職には認められていない、そのため看護師の配置体制によってはインシュリン注射が必要であるが自己注射が出来ないという理由だけでそれらの方を受け入れることが出来ない施設も存在する。これは果たして高齢社会の介護提供体制として正常な状態なのであろうか。前述したALSの方の痰の吸引は、口腔内だけでなく人工呼吸器をつけた喉の部分も含み技術を要すため、介護職が行うといっても一定の教育やセーフティネットの構築が不可欠だが、そうした非常に技術がいる行為も条件付とはいえ施設ケアを除いて介護職に認めておいて、その他の比較的容易に行える行為を単に「医療行為」という枠だけで認めないことは介護の現場である施設等の医療ニーズの高い高齢者受入の障害になるであろうし国民全体の福祉を考えた時そのニーズに合致したものでないことは明白である。この問題を積み残したままで「介護の社会化」という介護保険以後の国の福祉理念は達成できないし在宅と施設での介護職の出来る範囲が違っていては地域福祉の両輪である在宅ケアと施設ケアの整合性がとれず在宅でケアできた高齢者が医療行為がネックになり施設ケアに移行できない矛盾が解決できない。高齢化が進行し後期高齢者が増え、医療対応のニーズは拡大しつづける。それら増大するニーズに看護職のみで対応するのは不可能であり、国は医療行為の範囲を具体的に明示する努力を行うとともに、医療行為とて時代のニーズに合わせて考えを変えてよく、条件付で結構であるが介護職の出来る行為を広げ必要な高齢社会のニーズに応える必要がある。これは特定の職種の職益を守るという視点を凌駕して医療ニーズを抱えて生活する人々が安心して生活できる社会システムを構築することであり、特養の権益を拡大することではなく、高齢者介護の社会システムの一翼を特養等の施設が担える条件整備に不可欠な課題なのである。
過去ログ検索画面に戻る
|